2025.04.04
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by ぷらっと・ぷらざ編集部
浪漫ある水戸びいきの歴史観を
歴史は、その土地に関わる人々が、他の事柄よりも容易に共有・共感出来るもので、まちづくりのプランニングを進める上でも、地域の人々の思いをまとめる上でも、強力な武器になります。ぷらざ5月号でも記載させていただいたように、黄門様や桜田門外ノ変を題材にまちづくりを考えたことで、初めて水戸の歴史について深く勉強することが出来ました。水戸では残念ながら、自虐的郷土史観が幅を利かせています。黄門様は日本を代表するヒーローなのですが、地元水戸人にはそのような認識は殆どないような気がします。最後の将軍・慶喜公による大政奉還の大英断は日本の国を救うことに繋がりましたが、誇りを持ってそれを語る水戸人は少ない。何故でしょう。その理由は、水戸の立場に立って記述された歴史書、特に幕末維新史がほとんどない、ということに尽きます。史実は一つですが、歴史は書く人によって如何様にも変わるものです。もっと地元びいきに、水戸原理主義的な、浪漫を持った歴史観を大切にしたいと感じています。
鬼門封じとしての水戸藩 その役割は世直し
歴史を調べれば調べるほどに、水戸が好きになりました。細かいことは抜きにして、私なりの歴史観の一部を以下に示します。そんな解釈もあるのかな、程度に考えてもらえればありがたいです。そもそも常陸國・水戸は、江戸城の北東、鬼門の方角に位置しています。家康公はここに、鬼門封じとして御三家水戸藩を置きました。鬼門(艮・丑寅)の神様の役割は「世直し」。それが水戸の土地柄でもあります。 水戸藩は他藩と違って、藩主が江戸に常駐する定府制。常に将軍の側にいる副将軍格。それはご意見番であって、世直しのための監査役のようなもの。ご老公・黄門様の姿そのものなのです。その役割・立場を考えると将軍になれない家柄であることは当たり前で、その力を最大限に発揮するのは非常時。まさに水戸藩最後の大仕事は、慶喜公による大政奉還で新しい時代を切り拓いたことでした。 幕末の大事件で世直しの一環でもある桜田事変をきっかけに、時代が、そして志士が動き始めます。水戸学の二本柱「尊王敬幕」と「南朝正統説」は、西郷、松陰、龍馬、小楠らを走らせる源となりました。
水戸の本分は、学ぶ心と礼節
光圀言行録「桃源遺事」にある「其国にありて、此国になきものをば、其国より此國へ御うつし被成候」、弘道館記にある「衆思を集めて群力を宣ぶ」。これが学ぶ心の基本で、水戸は大砲鋳造を目的とした反射炉の建設に最初に挑み、日本の近代化、産業革命の発火点であったことも頭に入れておきたいですね。 また、室町時代編纂の「人国記」では常陸の人々を称して「昨日味方にして今日敵となるものは千人に一人もなし」。義に厚く礼節を重んじる水戸気質。慶喜公や水戸藩士の示した礼節、純粋さは「至誠一貫」。対して、薩長は、礼節や節操と言ったものが欠如し、変節を繰り返しました。 このようにして出来上がった薩長による明治の代。それは、水戸の志とはかなり異なるものでした。明治期、多くの錦絵に代表されるように、水戸烈士は義士として高く評価されています。また、栗田博士、野口雨情、三木啓次郎らによって、水戸藩の功績は後代に伝えられました。世界を驚かせた日本の近代化と、非常時にも失われない礼節の本源は、水戸にあるのです。 学ぶ心と礼節の街、時代の変革期において常に純粋な志で先駆け、新しい時代の方向性を示した水戸の歴史。私たちは、私たちの街・水戸に誇りを持って、未来に先駆け、世直しを心掛けたいものです。
1959年水戸市生まれ。水戸第一高等学校、筑波大学第一学群自然学類、筑波大学大学院修士課程環境科学研究科を経て、さまざまな街づくりに携わる。現在では株式会社まちみとラボ代表を務め、水戸の歴史と文化、芸術を活用して、水戸のまちに新たな価値を創造し続けている。
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